2012-07-18 22:44:40
まちがったメッセージ
子どもがたぶんいじめを苦に自殺したことを
受けて 登校していた学校の校長が自殺して
しまった。
子どもは残酷で遠慮がないから とことん
追い詰めておいていけしゃあしゃあとしている。
椎名篤子さんの「新凍りつた瞳」を
ちょうど読み終わったところで、子どもの
大人による虐待についていろいろな例を見た。
善悪の判断もまだよくわかっていない子どもの
加害者側は遊びの延長線であろうが、標的になった
者にとっては 一生この責め苦が続くように
感じられたことであろう。
転校すれば、卒業すれば、大人になれば、いつか
学校内でのいじめは終わるのだからあと数年の
辛抱だったのに、というのは容易い。
でも、当人にとっての世界のほとんどがそれだったの
なら 果てがあるって思えなかったよね。
いろいろな大人が周りにいたはずなのに、残念です。
もし、そこにわたしがいたとしても何も出来なかったかも
しれませんが...

ただ、校長先生が死んでしまってはいけない!
どんなに攻め立てられて、今の立場が辛くて、
死んでお詫びしたいと思ったとしても、「辛い時は
死んでしまえばいいんだ」と子どもたちにまちがった
メッセージを発信してしまう、ような真似は決してしては
いけないのだと思う。

たとえどんなに辛い苦しいことがあったとしても
それに耐えて、立ち向かって 生きていけば希望ある
未来は開ける、だから 子どもたちよ一緒に生きようと
言って欲しかった。

矢面に立っていない部外者だから言えることなのか。
せめて一足先に逝った児童に追いついて もう大丈夫と
言ってあげて下さい。
お二人のご冥福をお祈りいたします。
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